行為寛容下における満足度に関する意味論について

「モノ」から「コト」の時代(SDL Service-Dominant Logic)に製品(モノ)ではなくサービス(コト)に注目し、コトの中心的テーマ「体験」を行為寛容(action tolerance)ととらえてみる。AIがある意味、何でもできる のに対し、それを受ける(体験する)人間側には一定の寛容(許容 affordable action)を必要とする。行為空間の存在と制約。

行為空間上の行為変容を変換 $T$と捉えてみると変換前の行為$A_0$および変換後の行為$A_1$の間には次の関係が成り立つ: $ A_1 = T (A_0)$。

たとえばAI翻訳サービスを例にとると
$A_0$は自力翻訳 、$A_1$は 即時的多言語の生成
あるいはAI診断支援では
$A_0$は医師による単独判断、 $A_1$は予測モデル参照を含む判断

サービスを提供する側と受ける側との間に成立する契約と満足には一般的には乖離が存在する。その乖離をどれだけ少なくできるかでサービスの価値が決まってくる。無限のサービスはありえない。しかし価値を感じられないサービスは使われない。

サービスの価値を変換 $T$ 上のセマンティックスで再定義することで、価値の定式化を図るのが本稿の目的である。おさらいをしておく。古典的意味論にしたがえば

​ $A_1 = T(A_0)$

が「正しい」かどうかが問われる。つまり仕様通りか、出力は正確か、機能はみたされたか、等々。ここで満足は「一致度」として定義される。

対してAIサービスでは、仕様が動き、期待が動き、仕様文脈が動き、唯一解は存在しない。

ここで必要になるのが唯一解を前提としないセマンティックス(仮に寛容的セマンティックス Plural-Admissible Semanticsと呼ぶ)である:

​ $A_1 = T(A_0)$、 ただし
​ $A_1 \in F$

ここで$F$は許容可能行為集合(feasible satisfaction region)として、唯一解ではなく、許容領域を持つ。

AIが「何でもできる」のに対し、人間側には行為寛容が必要。これは変換後の行為が受容可能な範囲内にあることと定義できる。寛容的セマンティックスでは、意味は真理ではなく、「許容可能な変容範囲」で定義される。

そして「変換前」「変換後」における満足はつぎのように定義できる:

​ $S_0 = U(A_0)$

​ $S_1 = U(A1)$

$S_0$は既存行為に対する満足を表し、制約も明確である。対して$S1$はサービスの直接体験であり、満足は機能充足、効率向上あるいはコスト削減などで測られる。

しかしこれは短期的であり、時間軸上の満足が重要になってくる:

​ $S_2 = U(\Phi (A_1))$ 、ここで$\Phi$は時間発展関数

つまり、依存の増加、スキル喪失、役割変化、責任再配置が起きる。AI翻訳に照らしてみると瞬間満足は高い。一方、長期で言語能力が低下する可能性がある。またAI診断なら短期で精度向上するかもしれないが、長期で判断責任の所在が曖昧と恐れを生む。

ここで改めて満足の意味を定義してみる。満足とは何か?唯一解モデルでは

​ $S = \text{Specification match}$

寛容モデルでは

​ $S=\text{Stability of action configuration}$
$\text{ within tolerance bounds}$

と定義される。つまり「変換が行為構造を破壊せず、持続可能に再構成すること」。構造安定性をもって満足の意味を定義する。

ここで実装への接続を考えてみる。意味を実装可能にするに次の要素が必要:

行為集合 $A$
制約集合 $C$
許容領域 $F$
満足関数 $U$
時間発展演算子 $\Phi$

AIサービスは

​ $T : A_0 → A_1$

だが、意味を持つには

​ $A_1 \in F \text{ and } \Phi(A_1) \text{ remains bounded}$

を満たす必要がある。

需要なのは満足は制約なしに存在しない。無制約な変換は、不安定、無限拡張、意味希薄化を生む。寛容的セマンティックスでは「制約は満足を生成する条件」になる。

ここでいう制約集合 $C$ は、単なる技術的制約ではない。それは行為空間を意味的に構成する設計要素である。ASP(Adaptive Structure Programming)の観点から見れば、$C$ は固定された境界ではなく、状況と価値に応じて調整可能な構造変数である。すなわち、$C$ は実行可能性を制限するためのものではなく、意味的に安定した行為領域 $F$ を生成するための設計資源である。

さらに、Strutomeの枠組みにおいては、$C$ と $F$ の組は単なる制約集合ではなく、行為可能性を組織する構造配置として理解される。変換 $T$ は単なる機能的写像ではなく、この構造配置の内部で作動する操作であり、その意味は構造全体との整合性によって決まる。

したがって、満足 $S$ は出力の正確性ではなく、構造配置が時間発展 $\Phi$ のもとで破綻せず維持されることに依存する。ASPはこの構造を設計する方法論であり、Strutomeはそれを持続的に運用する構造領域である。ここにおいて、寛容的セマンティックスは、単なる意味理論ではなく、構造設計理論として位置づけられる。


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